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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)114号 判決 1985年4月24日

原告

株式会社日立製作所

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和47年審判第3621号事件について、昭和56年1月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、主文同旨の判決を求めた。

2  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和43年1月29日、名称を「ホトレジスト露光装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許願第4973号)が、昭和47年4月7日、拒絶査定を受けたので、同年6月16日、審判の請求をした(同年審判第3621号事件)。本願については昭和54年9月6日に出願公告がされた(同年特許出願公告第26874号)が、特許異議の申立があり、昭和56年1月14日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がされ、その謄本は、同年3月30日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

1 露光用光源からの光をマスクを通して前記マスクのパターンの像を試料上に結像させる露光装置において、マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置関係を観察する手段を前記マスクと光源との間に設けたことを特徴とする露光装置。

2 露光用光源からの光をマスクを通して前記マスクのパターンの像を試料上に結像させる露光装置において、前記光源とマスクとの間にマスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置関係を観察する手段を位置させ、かつ前記観察手段を前記光源とマスクとの間の露光軸外に位置して露光できるようにしたことを特徴とする露光装置。

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2 これに対し、本願出願前国内に頒布された刊行物である米国特許第2493558号明細書(以下、「引用例」という。)には、露光用光源からの光をフイルムを通してこのフイルムの像を拡大スクリーン上に結像させる写真引伸ばし機において、フイルムの像とフイルム上に結像されたスクリーンの像との位置関係を観察する手段を、フイルムと光源との間に設けた写真引伸ばし機の焦点決定装置が記載されている。そして、この装置で写真を引伸ばす際には、上記の観察手段を露光軸外に移動させてから露光することも示されている。

3 そこで、本願発明と引用例記載の技術とを比較すれば、前者が露光装置であり、後者が写真引伸ばし機である点を除けば、機能上実質的に相違するところを見いだすことができない。すなわち、後者におけるフイルム及び拡大スクリーンを前者のマスク及び試料に対応させて考えると、後者は前者の特徴をすべて備えていると認めることができる。そして、写真引伸ばし機もまた一種の露光装置であることを思えば、引用例記載の技術に基づき、本願の発明に至ることは容易であるといわざるを得ない。

4  よつて、本願発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1は認める。同2、3の認定判断は争う。

審決は、引用例の記載内容を誤認し、この誤認により本願発明と引用例記載のものとの構成上及び作用効果上の差異を看過し、これによつて誤つた結論に至つたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1 構成上の差異の看過(取消事由(1))

(1)  本願発明の要旨は、請求の原因2に記載の特許請求の範囲のとおりであるが、引用例との対比において重要なのは、(イ)マスクと試料とはそれぞれ自体にパターンを有していること、(ロ)試料のパターンの像が、「マスク上に結像され」るように構成されていること、(ハ)マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置関係を観察する手段を有すること、の3点である。

これに対し、引用例の「もし拡大対物レンズ14の焦点が拡大スクリーンに合つていなければ、鏡29は使用者の目に2つの像をうつす。……これらの像の1つはフイルムの絵自体よりなる。すなわち、フイルムの背後が明るく照明されているのでフイルムの絵の完全な像が反射され、操作者の目に拡大して投影される。他の像は次の事実により形成される。すなわち、対物レンズ14がカメラレンズと同じ役目をし、照明された絵の像を投光する。その像は拡大画面に投影され、更にフイルム17に再投影される。そのフイルム17は半透明の投影スクリーンとしての役目をする。」(甲第3号証2欄46行ないし3欄6行、訳文4頁6行ないし15行)との記載によれば、引用例のものは、2つの像を観察しているが、これはフイルムの絵自体の像と、フイルムの絵が拡大画面に投射され、更にこの投射された像が反射してフイルム面に投影された像であり、結局、1つのフイルムの絵を2つの像として観察しているに過ぎない。本願発明の特許請求の範囲においては、「パターン」と「像」、「マスクのパターン」と「試料のパターン」とが明確に区別して記載されており、マスクと試料とがそれぞれパターンを有していること(前記(イ)の点)は明らかである。引用例の「フイルムの絵」が本願発明の「マスクのパターン」に、また、「スクリーン」が「試料」にそれぞれ相当するにしても、引用例のスクリーンはそれ自体のパターンを有していないから、引用例には、本願発明の右(イ)の構成については開示がない。

(2)  次に、本願発明は、試料のパターンの像がマスク上に結像されるように構成され(前記(ロ)の点)、その像とマスクのパターンとの位置関係を観察する手段を備えている(同(ハ)の点)。すなわち、同一平面において2つの異なるパターンの像を比較し、その平面における位置ずれを観察する手段を有する。これに対し、引用例のものは、1つのフイルムの絵を2つの像として観察するものであつて、一方の像はフイルムの絵自体であり、他方の像は同一のフイルムの絵を一たん拡大スクリーンに投影させた後反射させてフイルム面に再投影させたものであるから、両者の像は同じ位置に形成され、従つて、2つの像の位置関係を観察することは意味がない。ただ、レンズの焦点が拡大スクリーンに合つていない場合には、フイルム面上に再投影される像のサイズがフイルムのもとの絵の像のサイズと異なるために2つの像が生ずるのである。すなわち、引用例には、2つの像の「サイズの関係」を観察することについて示唆があるのみで、2つの像の「位置関係」を観察することについては記載されていない。

(3)  従つて、審決が引用例には、「フイルムの像とフイルム上に結像されたスクリーンの像との位置関係を観察する手段を、フイルムと光源の間に設けた、写真引伸ばし機の焦点決定装置が記載されている。」と認定したことは誤りであり、この誤認に基づき、「後者(引用例のもの)におけるフイルムおよび拡大スクリーンを前者(本願発明)のマスクおよび試料に対応させて考えると、後者は前者の特徴をすべて備えていると認めることができる。」と認定したことは、本願発明の前記(イ)(ロ)(ハ)の構成を引用例のものが備えていない構成上の差異を看過したものであつて不当である。

2 作用効果上の差異の看過(取消事由(2))

引用例と対比した場合、本願発明は、(イ)本願発明の観察手段で観察するのは同一平面上に形成されたマスクのパターンと試料自体のパターンの像であるから、両パターンの平面上の位置ずれを観察することができ、(ロ)両パターンの平面上の位置ずれを観察することができるから、この位置ずれが無くなるようにマスク及び試料の少くとも一方を光軸と直角方向に移動調整することにより、マスクと試料との距離を一定に保持した状態で光軸と直角方向におけるマスクと試料との間の相対位置の位置決めを行うことができるという作用効果を有する。

これに対し、引用例のものでは、2つの異なるパターンから形成される2つの像の平面上の位置ずれを観察することができず、マスクのパターンが試料上の所定の位置に像を作るように光軸と直角方向におけるマスクと試料との相対位置を合わせることもできないから、本願発明の奏する右(イ)(ロ)の効果を奏することができない。

第3請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4 1、2の主張は争う。

2  取消事由(1)(請求の原因4 1)について

(1)  原告が本願発明の構成として主張する(イ)(ロ)(ハ)の点は、本願発明の一実施例の構成に過ぎない。本願発明の特許請求の範囲には、「マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像」と記載されているのみで、試料のパターンをどのように形成するかの構成については何ら記載されていないから、試料がそれ自体に形成されたパターンを有するとの限定解釈は理由がない。

本願発明における試料のパターンは、それがマスク上に再び結像される性質のものである。引用例におけるスクリーン自体はパターンを有しないが、フイルムの絵がスクリーン上に投影されて形成された像は再びフイルム上に再投影されるのであるから、このフイルム上に再投影された像を「フイルム上に結像されたスクリーンの像」とみることができるものであり、この点についての審決の認定に誤りはない。

原告の主張する構成上の相違点(イ)は、本願発明の一実施例と引用例との相違に過ぎず、本願発明と引用例におけるマスクと試料のパターンの間には、右構成上の差異はない。

(2)  原告の主張する構成上の相違点(ロ)、(ハ)も、本願発明の一実施例と引用例との相違に過ぎない。引用例のものも、レンズの焦点がスクリーン上に合つていない場合には、フイルム面上に再投影される像のサイズをフイルムのもとの絵の像のサイズと一致させるように、レンズの焦点合せを行うものである。このように、フイルム面上に再投影される像のサイズをフイルムのもとの絵の像のサイズと一致するように調整することは、フイルム面上における像の形成領域、換言すれば、その形成位置を調整することでもあるから、本願発明と引用例との間には、右(ロ)、(ハ)の相違点はなく、審決の認定に誤りはない。

2  取消事由(2)(請求の原因4 2)について

本願発明と引用例との間には、マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置関係を観察する手段の構成において差異がないことは右1に述べたとおりであるから、その効果においても格別の差異はない。

原告が本願発明の効果として主張する(ロ)の点は、特許請求の範囲第1項に位置関係を調整する手段について記載がなく、マスクと試料のパターンが相異なるものである旨の限定もないから、本願発明の構成に基づく効果とはいえない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1 取消事由(1)について

(1)  本願発明のホトレジスト露光装置においてマスクと試料とがそれぞれそれ自体のパターンを有するものであるかどうかについて検討する。

前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲には、「マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置関係を観察する手段」と記載され、「マスクのパターン」、「試料のパターン」とが書き分けられていることが明らかである。そして、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、明細書添付第2図(本発明によるホトレジスト露光装置を示す原理説明図)を参照にして本願発明の実施例を説明した部分があり、ここにおいても、「前記試料上のパターンをレンズ4を通してマスク3上に結像させ、マスク3のパターンとマスク3上に結像された試料5のパターンの像とを該ハーフミラー10を介して前記顕微鏡11により観察しながら位置合せを行うものである。」(甲第2号証本願特許公報2欄24行ないし28行)、「マスク3と試料5との間にはレンズ4が介在されているだけなので試料5のパターンがこのレンズ4を介してマスク上に結像される際には全く歪が生じない。すなわち、マスク3上に結像された試料5のパターンの像は歪が全くない。したがつて、観察時においてハーフミラー10を介して顕微鏡11で観察されるマスク3のパターンと試料5のパターンの像とは、仮りにハーフミラー面にゆがみ等があつたとしても、互いに等しくそのハーフミラー面の影響によつて歪んでみえるだけであつて、マスク3のパターンと試料5のパターンの像との位置合せにおいては全く支障なく出来る。」(同2欄37行ないし3欄12行)と記載されていて、「マスクのパターン」と「試料のパターン」と書き分けられており、試料自体がそのパターンを有することを明らかにしていることが認められる。

被告は、右実施例においては試料自体がそのパターンを有するものとして説明されていることを認めながら、特許請求の範囲には、そのことを示す記載がないと主張するが、前叙のとおり、特許請求の範囲において「マスクのパターン」と「試料のパターン」は書き分けられており、その意味するところを右実施例の説明に基づいて、「マスク自体が有するパターン」、「試料自体が有するパターン」と理解すべきは当然であるといわなければならない。本願明細書中に、右のように理解するに妨げとなる記載は認められない。

右に述べたところよりすると、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明は、マスクと試料とがそれぞれそれ自体のパターンを有していて、マスクのパターンは露光用光源からの光により投影されて試料上に、試料のパターンも投影されてマスク上に、それぞれの像を結像するものであり、マスクのパターンとマスク上に結像された試料のパターンの像との位置がずれているか合つているかの位置関係を観察する手段がマスクと光源との間に設けられたホトレジスト露光装置であると認められる。

(2)  一方、引用例の写真引伸し器用焦点決定装置において、スクリーン自体はパターンを有せず、フイルムの絵がスクリーン上に投影されて像を形成し、この像が再びフイルム上に再投影されるものであることは、当事者間に争いがない。

右事実と成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例においては、拡大対物レンズの焦点が拡大スクリーンに合つているかどうかを観察するために、フイルムの絵とこのフイルムの絵を拡大スクリーンに投影して形成された像がフイルム上に再投影されて形成される像とを比較するものであつて、この2つの像の中心位置は常に一致するものであり、焦点が合つていないときは2つの像の大きさが一致せず、焦点が合つているときは2つの像の大きさが一致し1つの像として観察されるものであることが認められる。すなわち、引用例のものにおいては、2つの像の位置がずれることは光学上あり得ず、したがつて、その位置関係を観察する手段を備えるものとはいえない。被告は、引用例のものにおいてフイルムの絵とフイルム面上に再投影された像とのサイズの大小を観察することをも位置関係の観察ということができる旨主張するけれども、右に述べたところにより右主張は採用できない。

(3)  以上に検討したところによれば、本願発明と引用例のものとの間には、その構成上原告が取消事由(1)(請求の原因4 1)で主張する(イ)、(ロ)、(ハ)の相違点が存するものと認められる。

2 取消事由(2)について

右に認定した構成上の相違から、本願発明と引用例のものの間には、原告が取消事由(2)(請求の原因4 2)で主張する作用効果上の差異が生ずることは明らかである。

3  右1、2によれば、審決が本願発明と引用例のものとの間に「機能上実質的に相違するところを見いだすことができない」とし、引用例のものが本願発明の「特徴をすべて備えている」と認定したことが誤りであることは明らかである。従つて、これを前提とした審決の結論もまた誤つているといわなければならず、審決は違法として取消を免れない。

3  よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 牧野利秋)

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